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法的紛争のパターン分析2016年01月12日

皆様,新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

年末よりいくつかの大型事件が大詰めを迎え,裁判所に提出する総まとめの書面作成等で忙殺されていたこともあり,ホームページの更新をサボっていましたが,今年は心機一転,毎月1回を目標になんか書いていこうと思います。

というわけで新年最初の更新は「法的紛争のパターンはあるか」というお題。
いきなり難しい話に見えますが,よろしければおつきあいください。

突然ですが,「三段論法」という言葉があります。「大前提」と「小前提」から「結論」を導くというやつです。
法律学においても三段論法は重要な思考方法であり,特に用いられるのが「法的三段論法」と言われるものです。
法的三段論法とは大前提である「法律」に小前提となる「事実」をあてはめ,「結論」を導くということになります。
一例を挙げると,「人のものを盗んだら窃盗罪とする」という法律(刑法)に,「被告人は被害者の財布を盗んだ」という「事実」を当てはめることで,被告人を窃盗罪として処罰できる(結論),というものです。
我々は,意識的にか無意識にかの違いはあれど,多かれ少なかれこういう思考方法を自然と行っている部分があると思います。

…この時点で十分難しいし,本題が見えてこないですね。まあもう少し読み進めてください。

さて,なぜこのような難しい話から入ったかというと,我々法律家が取り扱う紛争は,この法的三段論法の枠の中でパターン化ができるのではないか,と思うからです。
事件では,皆さん「結論」に納得がいかない,あるいは自身に有利な「結論」を導くべく色々と行動します。ここで法的三段論法の論理を見ると,結論を有利に展開するためには,3つの点が問題になるのです。

まずは,小前提である事実の有無です。法律の解釈にかかわらず自身に有利に運べる事実があれば,それはそれは有利に紛争解決を進めることができますし,逆に不利な事実があった場合,劣勢を覆すのは至難の業です。
ところが,この事実がくせ者です。
事実があったかなかったは,そのとき現場に居合わせた人でない限り解りません。そのため,「事実の有無」が争われることが法的紛争のパターンとして多数あります。
これは,刑事事件の犯人かどうか,というところから,お金の貸し借りがあったかなかったか,というレベルまであらゆる場面で問題となります。
このパターンの場合,事実を証明できる(あるいは事実の存在を疑わせる)証拠があるかないか,が勝敗を大きく分けることになります。

事実の点ではもう一つやっかいな要素があります。事実は一つ!といいたいところですが,主張する人によって事実が違ってくる場合があります。これは,ある「生の事実」にどのような意味を与えるか,すなわち「事実の評価」が異なってくるからです。
例えば,お金の貸し借りで紛争になっている場合で,お金を借りたとされる側が大型テレビを現金一括で買っていたという事実があるとしましょう。これをお金の貸し借りと無関係と捉えるか,テレビを一括で買える位のお金を持っていたと考えるかで,その事実の位置づけは大きく変わってきます。
あるいは,従業員の非違行為を理由に懲戒解雇をする場合で,問題となった行為が果たして懲戒解雇に値するほどひどいものか,という点で見解の相違がでることもあるでしょう。
このような「事実の評価」の争いという点が二つめのパターンとなります。

三つめは大前提である「法律」の問題です。
ここも誤解されがちですが,法律というのは四角四面ではなく,ある程度の柔軟さ(解釈の余地)を残しています。なぜなら,あまりにもカッチリと決めすぎると,法律が予想していなかった事態や,適用の可否が微妙な事態(限界事例,といいます)において妥当な結論が図れないからです。
そのため,法律家はこのようなギリギリの場合,当該法律を適用していいのかどうかについて,法律の解釈をひねり出して妥当な結論を導く(あるいは依頼者の主張をかなえる)べく苦心を重ねることになります。

このような3つのパターンのうち法律家が専門とするところは,二番目の「事実の評価」と,3番目の「法の解釈・適用」です。
事実の存否については,正直言って証拠の有無が勝敗の圧倒的割合を占めるので,どれだけ証拠があるか=どれだけ几帳面に手続きを進めたか,ということが一番重要になってきます。
ただし,事実の有無が争いとなり,はっきりとした証拠がない場合にどのような事実がある(ない)と判断できるか(事実認定)というのは,解釈と並んで法律家(特に裁判官)が専門とするところになります。
多くの事件でははっきりした証拠がなく(証拠がないから紛争になるんですよね),その点で事実認定の技法というのは法律家の専門的知見として非常に重要な要素なのですが,ここで書くとどんどん脱線してしまいますので,また機会を改めて整理してみようと思います。

弁護士も事実認定の考え方は常に意識していますので,どんな証拠や事実があれば有利な事実を認定してもらえるか,についてはご相談いただくのが一番です。しかし,証拠もないのに裁判所に自己に有利な事実を認定させてほしい,というのは,正直厳しい御依頼であるとしかいえません。

これに対して,事実の評価については,適用される法律やその事実から導かれる別の事実を意識せざるをえないため,法律家が得意とする領分だと考えます。当該事実をいかに独りよがりな解釈にならず,うまく目標とする結論につなげていくか,というところは実務法曹の腕の見せ所であるかもしれません。
三番目の法解釈については,どちらかというと研究者の先生方の領分の側面が強いと思います。しかし,私たち実務法曹の日々の事件を解決する上で法律の解釈で頭を悩ますことも多く,これまで全く議論されていなかった未知の領域に突入した日には,まるで論文のような書面が完成することもあります。

ここまで書いてきたとおり,法的紛争をパターン化すると,やはり「事実」が重要です。事実の有無がはっきりした時点で決着がつかない場合,事実の解釈や法律解釈が出てくることになるのです。

ところが,紛争にはもう一つのパターンがあります。それは「感情的紛争」です。
事実には争いがない,法律解釈の余地もない,でも気持ちが納得いかない,というケースは,事実に争いがある場合と同じくらい出会う確率が高いものです。
これは法的三段論法から外れたところにありますので,法律家としてスパッと解決することはできません。できることといったら,依頼者の意向を少しでも実現できるように,相手方と交渉して譲歩を引き出すしかないのです。この部分は法律家というよりネゴシエーターの側面になりますね。
とはいえ,弁護士は交渉事も専門です。最終的には法律に従った解決になるため,交渉の場でも法律を意識して行う必要があり,その点でもう一つの専門分野と言ってもいいでしょう。

法的紛争のパターン化というのは,弁護士がどのようなことを仕事としているのか,ということを知っていただくことです。このコラムをご覧になって,「事実の有無が将来的に争いになりそうだな」と思ったり「事実や法律の解釈で相手と意見が合わないな」と思ったときは,是非弁護士にご相談になってくださいね。きっといいアドバイスをいただけると思います。
もちろん,当事務所でもこのようなご相談に対し,わかりやすく丁寧に対応させていただいておりますので,是非お気軽にご相談ください(宣伝です^^;)。
(半田)
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